テクノロジーは人間をどう変えるのか?
今年の春にイーロン・マスクがニューラリンクという新しい会社のオーナーになったことが発表された。そして、夏にはその会社でどのようなことをマスクがしていきたいかを世界に発表した。
イーロン・マスクはテクノロジーの世界ではこの数年間で最も有名な名前になった。スペースXとは21世紀中に一般の人々が火星に移住できるようにするためのリサーチと開発をしている会社。テスラは自動運転する車をいち早く開発してきた会社。彼が最近までオーナーだったオープンAIは碁などの人間のゲームでも人間に勝つAIを作り、人間の心理を人間よりも先に読み取る機械の発展に大きく関わってきた。
こうしたことはイーロン・マスクが人間と人間の未来を悲観していたことから始まった。AIについてもマスクは最初は反対していた。しかし、未来の流れは止められないものだと気付いて、未来がどっちみちこうしたテクノロジーを取り入れるのであれば、自分が信用できる方向に向かうように関わっていたいと思ったのだ。
ニューラリンクは人間の脳をコンピューターにつなぎ、考えただけで情報が伝わる脳埋め込みインタフェースのチップと神経細胞の活動を感知できる極細の糸状の電極を設計している会社である。脳内に埋め込むと神経細胞の活動を感知でき、障碍者は考えただけで車いすを動かすことが出来たり、考えたことを伝えられるようになる。しかし、これだけで終わらない。障碍者だけではなく、誰でも考えたことを書いたり言わなくても記録したり電子的に伝えることが可能になる。
最近の様々なテクノロジーに関わっている人々は、マスクと同じように人間の未来に対して不安を感じ、何とか良い方向性に導きたいと思っている人が多い。マーク・ザッカーバ―グもそうである。ザッカーバーグがリブラという仮想通貨をFacebook上で始めたいと語っているのは、彼の、未来社会を変えたいという気持ちから来ている。歴史学者のユーヴァル・ノア・ハラリとの対談でも、彼は、これからのテクノロジーは誰が作り、誰がコントロールするかによって人間の未来が変わってしまうと語っている。
今人間は大きなターニング・ポイントに来ていることを多くの人が感じている。ビル・ゲイツがジャレッド・ダイアモンドの最近の本に注目しているのも、ダイアモンドが今後の人間についての方向性を考えさせられる本を立て続けに発表しているからだ。
20世紀から21世紀になるまでの科学と社会の発展
20世紀は共産圏の失敗を見た。
20世紀の共産主義と社会主義は19世紀の科学発展と共に発展した哲学思想に基づいていた。
思想家のマルクスは19世紀の産業革命と当時の資本主義を分析して、プロレタリア革命が人間の最後の革命になるだろうと語った。マルクスは思想家のヘーゲルに影響を受けていたが、多くの部分でヘーゲルの思想とは異なっていた。ヘーゲルは人間は心理的に様々なことに矛盾をを体験しながら発展していくと書いていた。ヘーゲルは人間性に関しては後のフロイドの見方と似て悲観的だった。マルクスはヘーゲルの矛盾に関する理論や奴隷と主人の闘争に終止符を打ち、人間にオプティミズムを感じさせる思想に変えていった。これが20世紀では民衆の解放と自由を目指した大きな国際的な政治運動に発展していくことになる。
しかし、心理学者フロイドが指摘したように、人間の心の深い部分に存在する欲望などを無視した思想の上で作られた社会には落し穴が多くあった。共産圏のいくつかの国では宗教者としての訓練を受けたスターリンやポル・ポトなどがリーダーとなり、厳しい独裁的な宗教国家に近いものになってしまった。「宗教は民衆のアヘンである」と批判しながらも、彼らが最も批判していた宗教国家のようになってしまった国家が多かった。そして、1990年前後に新しいコンピューター・テクノロジーの発展が世界中に始まる頃に、その思想と方法論は時代の発展に追いつかなかくなり、あっという間に東ヨーロッパの共産圏は崩壊してしまった。
歴史学者のユーヴァル・ノア・ハラリは、もしもマルクスが21世紀に生きていたらゲノムとバイオテクノロジーを研究した上の思想を発展していっただろうと書いている。マルクスは19世紀のテクノロジーと経済について正しく分析していたが、それが20世紀中にどのように発展するかは見えていなかったからだ。
また、人間に福祉を与えたり、よい生活を与えたとしても、それによって全ての人間がよりクリエイティブになるという保証はない。西欧で多くの素晴らしい芸術作品が国や貴族や企業がスポンサーになって発表されることがたくさんあった。しかし、国からもらったお金でドラッグ、アルコール、娼婦、ギャンブルなどに使って人生をダメにしてしまう人もいる。これは個人個人それぞれが違う。古代ギリシャのアテネでは奴隷社会があったために科学、哲学、芸術が発展したと言っている人もいる。現代のテクノロジーを使って、クリエイティブな社会にするためには現在の民衆主義的な国家から段階的に新しい社会に進んでいかなくてはならないだろう。芸術家や科学者は、現代の消費社会のように売り上げを考えながら作品を作ったり、儲かるものを作るリサーチばかりになると行き行き詰ってしまうだろう。今生きている時代に合う哲学思想とテクノロジーを使ったマルチメディア作品や科学の研究を、経済的な目的だけではないところでリサーチできたら理想的だ。19世紀から20世紀のクラシックに素晴らしいオペラ作品やダンス作品があったのは、このようなハイ・カルチャーを産む状況があったらからだと思う。
20世紀は「民衆の世紀」と書かれることが多かった。スラヴォイ・ジジェクは「1960年代では民衆の声を聞けというのがスローガンだった、しかし21世紀ではインテレクチュアル(知識人)の声を聞く時代になった」と語っている。今のままだと21世紀中には、より新しい時代の開拓に参加できる人々と社会の発展について行けなくなり落ちていく人々とに分かれていくかもしれない。社会全体にユニヴァーサル・ベーシック・インカムを与えるのが答えだと思っている人々が増えている。今まで勉強する機会がなかった人々がそれによって立ち上がれる場合があるからだ。
科学やテクノロジーの面白いところの一つは、常に証明しながら新しい考えに進んでいるところだ。普遍的な見方はなく、常に新しい発見と共に進化していく。
しかし、人間が守るべきモラルを無視した国や企業が科学の最新テクノロジーの発展を握ってしまうと恐ろしいことが起こり得る。
イーロン・マスクがなぜAIの会社のオーナーになったか、なぜニューラリンクという会社を買い取ったかといえば、人間が自らは見たくない醜い部分を意識して、とんでもない独裁的な権力に渡って欲しくないと思っているからだ。20世紀のコミュニズム、ファシズム、そしてかつてから存在している宗教国家は理想を追いかけて作られたにもかかわらず、権力闘争、貪欲、汚染によって暴力的な破壊で終わってしまうことが多かった。政府を変えても人間性が変わらないのは歴史を見ても枚挙にいとまがない。新しいテクノロジーはジョージ・オーウェルが小説「1984」で描いた社会のように使われてしまうだろうか?オルダス・ハグズレーの「素晴らしき新世界(ブレイブ・ニュー・ワールド)」で描かれたように使われてしまうだろうか?今、私たちがどう行動するかで未来が変わる。
アメリカや西欧には個人主義と自由主義の伝統がある。人間の内面が見えてしまい、監視して人をコントロールしやすいテクノロジーを全体主義的な思想を持った独裁国家が握ったらどうする?誰かがどっちみち開発するのであれば、先に発展した方が良いと考える人が西欧の知識人の間では多数派になっている。
人間のゲノムが解読された現代社会が持つ様々な問題
2000年頃に人間のゲノムが解読されたという発表があった。これは歴史的に大きな事件だった。生命がどのようにで出来たかが分かるようになって来た。そして、遺伝子を変化を与えることも可能になって来た。
乳がんになりやすい染色体を持っていたらどうするか?ある病気になりやすい染色体を持っていたらどうするか?あるハリウッド女優がしたように、乳がんになる前に手術を受けてしまうだろうか?
人間の先祖についても、よりはっきりと分かるようになった。先祖たちがどこから来たか?かつてどんな土地を旅して来たか?アメリカ人や日本人になる前はどこから来たか?
遺伝的な証拠や化石の証拠によると、ホモ・サピエンスは20万年前から10万年前にかけておもにアフリカで現生人類へ進化したのち、6万年前にアフリカを離れて長い歳月を経て世界各地へ広がったことが科学的に分かった。そしてチンパンジーとはDNAが1%しか違わないという研究もある。
様々な人間のつながり、地球上の生き物のつながりも分かりやすくなった。哺乳類がどのように発展して分かれて行ったか?
今までは、感覚的に感じていても、科学的に説明できなかったことも証明できるようになって来た。古代の宗教的なテキストは説明できないものに対しての詩のようなメタファーだと神話学者のジョーゼフ・キャンベルは書いたことがある。
遺伝子はどのように変化していくか?科学的にクローンの技術で生命が作れる方法も分かってきた。こんなことは歴史上になかった。
地球上の全ての生命には同じRNAが含まれていて、細胞が分裂しながら何億年もかけていろいろな生命の種類が地球で発展したことも証明できるようになった。
こうしたことを本当に理解するようになったら人種主義やナショナリズムも消えて行くと思われていた。しかし、そうはならなかった。
2000年代ではアメリカにも原理主義宗教の復活があり、愛国主義、人種主義、科学の発展の否定もかつてよりも目立つようになった。
そして、教育レベルの違いも目立つようになった。
人間の脳の研究が進むと共に、それに基づいてコンピュターにアーティフィシアル・インテリジェンス(AI-人工的な知能)を与える可能性も発展して行った。人間とコンピューターをつなげる方法も分かって来た。
SFでは未来に二つの種類の人間に分かれて行った世界を描いた小説や映画は20世紀からあった。映画「ガタカ」や小説「素晴らしき新世界(ブレイブ・ニュー・ワールド)」はそういった世界を描いている有名な例だ。こうした世界に向かっているのではないかと見ている人も今は多くいる。そうだとしても、自由な社会に住んでいる限り、今の時点ではまだ個人が選択できる可能性が残っていると思いたい人が大部分であろう。発展していく科学の知識と21世紀の生き方を身に付けるか、「必要のない階級」(かつての労働者階級)となって、歴史上から少しずつ消えていくかのどちらかの解釈があると僕にも見えて来ている。
歴史学者のユーヴァル・ノア・ハラリは19世紀の産業革命によって作られた労働者階級はこれからの近未来で「必要のない階級」になるという講義を世界中の多くの政治家、企業家、科学者としている。そして、それをしっかりと意識しながら未来について考えて欲しいと語っている。現在、新聞を広げても日本でもアメリカでもサービス業でのリストラが増えているのに気が付くだろう。リストラはこれからもっと増えると考えられている。
2020年の大統領選挙では、イーロン・マスクはユニヴァーサル・ベイシック・インカムをアメリカ中に与えると公約する、アンドリュー・ヤングを支援している。アンドリュー・ヤングの語っていることはアメリカが次のテクノロジーを一般的にするために必要なことだ。
英国の新聞「ザ・ガーディアン」はこのままロボット化や機械化が進み、自動運転によって輸送・配送業者の仕事が全てなくなれば50%近くのアメリカの人口が失業者になるだろうという記事を一面に掲載した。50%どころか80%だとさえ言う学者もいる。
こうした数字は一体どこから来ているのか?
2013年に二人のオックスフォード大学のリサーチャー、カール・ベネディクト・フレイとマイケルA. オズボーンの「未来の仕事」から来ている。二人はコンピューターのアルゴリズムで計算させた。97%のレジ係は必要なくなる。94%のウェートレスは必要なくなる。89%のパン屋、89%のバスの運転手、84%の警備員、83%の船員、76%の学芸員、72.5%の大工さんは必要がなくなる。
一方、人間が必要な仕事も出ている。考古学者はその0.7%しかコンピューターで代替することができないと出ている。つまり、これは人間しかできない仕事として残るだろう。
新しい仕事が作られていくことも予想されている。例えばヴァーチャル・ワールド・デザイナー。しかし、このような仕事は今まで運送の仕事をしていた人がすぐに転職して出来るとは思えない。
それでは必要がなくなった多くの人々は未来に何をして時間を過ごすだろうか?
言われる答えの一つは、一日中ドラッグをやって、ヴァーチャル・リアリティーでゲームをする過ごし方だろう。これは1930年代にオルダス・ハグスリーが「素晴らしき新世界(ブレイブ・ニュー・ワールド)」で描いた未来社会だった。
今のアメリカの社会ではこれに近い状況が現実化して来ている。
一つの原因は今のエンターテインメントの作り方にある。Netflixからスポティファイなどのストリーミング・サービスがスマホでも見られて、面白いエンターテインメントは探さなくてもある。世界中の音楽も映画もかつてに比べると簡単に聴けるし見られる。お金がなくても楽しめるし、売れるドラマは10年から20年も続いてしまう場合がある。これはいい面も危険な面もある。最近のドラマは、その世界に入ってしまうとキャラクターと共感し、同化しやすく出来ている。何年も続く、その人物の物語に飲み込まれて、中毒になるように作られている。この10年間のこうしたドラマの作り方は20世紀の作り方とはだいぶ違う。1960年代の音楽や映画も消費社会の影響から逃れることが出来ず、難しいコンテンツがあるとアーチスティックな方向性よりも大衆が分かる方向性が求められることが多かった。今は当時よりもそさらにこうした傾向が強まっているかもしれない。
現在のアメリカでは中国から毎年に輸入されているアヘン系のドラッグで昨年は32.000人以上が亡くなったと報じられている。昨年だけでも大量のフェンタニル が上海からアメリカに渡る船で発見され止められていると発表されている。これはアメリカではOpiod Warfare(阿片戦争)と言われている。人をアヘン系の強いドラッグに中毒させることを、1840年代の阿片戦争の復讐と見ている人もいる。中国の歴史を調べるとモンゴル系やトルコ系の民族に漢民族が侵略されると、その100年後、200年後、300年後に虐殺や女性を奴隷として連れ去るという、大がかりな復讐が行われている。しかし、これについてもアメリカ政府側のニュースの発表であって、中国側ではCIAが中国の力を弱めようと悪意的なニュースを報道していると語っている。
今のネットの時代では、一つのニュースの情報源を信じるより、様々な情報源を自分で探って考えることが世界の本質を見る助けになる。一つの国のニュースや歴史の教科書を信じてはいけないということは、かつてよりも現代にあてはまることだろう。どれがフェイクニュースか、今までよりも見分けがつかなくなっているが、科学、心理学など様々なジャンルの情報を複合的に得、比較できる人が一番見分ける力を持っていると言えるかもしれない。
多くの人々には科学の専門知識がない。歴史を読んで分析する知識や社会を分析する知識も多くの現代人は恵まれていない。
産業革命が起きた19世紀では、農民が都会に出て機械の労働者になった。しかし、その例にならって、今まで運転手や機械のオペレーターをやっていた人たちが急にソフトウエアの開発やメンテナンスに移れるかといえば、それにはかなり時間がかかるだろう。
「ザ・ガーディアン」によると、人々がこれからの時代に最も気を付けないといけないのは新しいテクノロジーに対するテロだという。ネオ・ラッダイトという考えで放火事件や爆破事件が少しずつ世界中に始まっている。ラッダイトとは19世紀に産業革命に対して反発して英国でいくつも工場を破壊した秘密組織の名前だ。その時代の新しいテクノロジーに対して戦う反動的な地下組織だった。現在のネオ・ラッダイトはネオ・ナチス、アルカイダ、イスラム国のような保守派の過激な地下運動とみなされている。
アメリカでは2008年のリーマン・ショック以来、直接仕事にならなそうな文系の学生は減っていると言われている。しかし、今の時代に、何を勉強すれば、次の時代に生きていけるだろうか?毎日のように進んでいる科学の発展、そして、それによる政治と社会の動きを見守っていないと見えて来ないだろう。
僕自身は、今の時代こそが、人間が変われるチャンスかもしれないと思っている。
Facebookを始めたマーク・ザッカーバーグは、新しい人間のつながりの形を作りたかった。アメリカの田舎町で育った子供時代、友達を作るためには野球が好きだというふりをしないといけなかった。心の中では野球に興味がなくても、友達を作るためにそのふりをしている人が多くいた。マーク・ザッカーバーグはハーバード大学在学中に、後にFacebookに発展するアプリを作り出した。遠く離れていても共通の興味でネットで繋がれるアプリ。国境を越えた新しいコミュニティーを作れるアプリを作りたかった。
そして、今年、Facebookにリブラという仮想通貨をつくると発表した。不安定な経済を持つ発展途上国でも、この仮想通貨を持てば安心できると語っている。多くの国々は、この仮想通貨を止めようとしている。今、世界中の国ではドルが貿易の中心に使われている。こうした仮想通貨はドルのライバルになる。そして、Facebook自体が国境を越えた国家のようになってしまうという批判も書かれている。
現在は二つの考えがぶつかっている時代だと思う。一つは18世紀のフランス革命の理想だった啓蒙主義から生き残っている思想。この思想は産業革命とつながっていた。もう一つは、一つの思想としてはまだ見えていないがスラヴォイ・ジジェク、ユーヴァル・ノア・ハラリ、ジョン・グレイ、イーロン・マスク、マーク・ザッカバーグ、ミチオ・カクなどが分析して語っている未来社会にふさわしい生き方。ここで名前を上げた人たちはそれぞれ違った考え方を語っているが、20世紀までの政治思想は現在終わりつつあることには共通である。ジジェクの場合は、ラカン派心理学を通した新しいヘーゲル思想。ジョン・グレイの分析法は21世紀のショーペンハウアーとフロイドと言われたりしている。
フランス革命以後では世界中の国がNation Stateになることが理想だった。 (Nation Stateとは直訳では民族国家。日本ではよく国民国家と訳される。しかし、Nationとは民族を表していて、ナショナリズムはこの言葉から来ている。)国会を作り、そこに民衆の代表が集まる。フランス革命当時では国会で右に座った人は右翼で、左に座った人は左翼で、真ん中に座った人は極端な方向を避けて政治の道をセンターでつらぬこうとする政治家だった。
こうした国民国家の社会システムを西欧の国々は世界中に輸入した。それまでは、農業で生きているほとんどの人々は自分の土地を離れることが少なかった。世界の大部分の人々は字の読み書きが出来ず、自分の土地以外のことも知らなければ外国の存在も分かる人は少なかった。日本は鎖国をしていた時代が長いから「俺は日本人だ」という必要性がなく、日本人というアイデンティティの存在も知らなかったであろう。現代国家が出来て初めて国民というアイデンティティが出来た。19世紀になって初めて今の「日本人」というものが出来た。
ユーヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』という本で、民族というのは幻想だと書いている。しかし、人々をまとめて現代国家を作るためには必要なフィックションだった。そのためのツールはナショナリズムだった。しかし未来には必要だろうか?
地球の気温変動など地球の人々がみんなで考えないといけない問題が出てしまうと、一つの国のための利益で動くのは全世界に取って危険なことだ。せっかくネットで世界中がつながっているのであれば、それをもっと世界の進歩のために使えないものだろうか?ミチオ・カクはアカデミックの人たちは世界中の会議で英語を使っているように、全世界で教えられる一つの共通語が必要だと、そしてそれはおそらく英語になるだろうと彼は語っている。
人口は21世紀中に世界中で減りだすと予想されている。アジア系アメリカ人のジャーナリストたちが作っているAsian Boss (エイジアン・ボス)という番組の最近のニュースで、日本では34歳までの男性の42%と女性の44%が一度もセックスを経験したことがないということが語られていた。そしてその数字は毎年増えている。これが80%の35歳までの男性が一度もセックスを経験したことがない時代になるとどうなるだろう?
日本という国家も必要がなくなるのでないか?
これは新しい社会体さえ成立すれば良いことになると僕には思える。
そういった時代が来ることを考えながら、新しい人間のつながり方を考えてみたい。
人口が減り続ける世界の国家
人口が減っているのは日本だけではない。韓国でもデートさえしない男女が増えていると言われている。中国では一人っ子政策で人口はだいぶ減りつつある。
中国の最近の政治的な動きはバブルの崩壊防止と人口の減少が影響している。1990年代からは急速に経済が発展したが、土地代を上げたバブル経済を行っていたために、バブルは今でも崩壊してもおかしくないと言われている。バブルがまだ崩壊していないのは人間の動きを監視する共産党の独裁政権になっているからだ。
ヒットラーもスターリンも独裁政権によって国の経済が落ちるのを救った面があるのは否定できない。アメリカをライバルにAIテクノロジー、5G、バイオテクノロジー、ロボット化、機械化を進めている。一人っ子政策によって人口が少なくなるのであれば、こうしたテクノロジーを発展しないと未来が難しくなる。最近の中国での幼児教育にさえもAIが取り入れられている。まだ小学生の頭に電子器具をつなげて、脳の動きを計りながら、より優秀な生徒に教育しようとしている。しかし、サイバー・スパイも多く、ハッキングもたくさん行われているようだ。
深圳市は世界で最も監視カメラが多い都市だ。赤信号を渡ると監視カメラで撮った写真がすぐに大きな画面に映り20秒後にスマホから罰金が取られる。犯罪だけではなく。チベット独立や天安門事件など、政治的に禁じられていることをメールに書くと相手には届かないようにプログラミングされている。5Gやビッグ・データによりたくさんのデータがより簡単に管理することができるようになるとどうなるのか?アメリカはこれを恐れている。また、世界の中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」(英語表記:Belt and Road)は独自に資源の輸入と出入ができるために進められている。
日本も人口が急速に減っているためにロボット・テクノロジーが進められているが、どこの国のシステムが先に世界に出回るだろうか?
インドは40歳以下の人口が多いためにこれから消費社会として発展して、IT国として強力に中国を超える可能性も言われている。ナイジリアやいくつかのアフリカの国にもそのような可能性が見られている。しかしあるところまでの発展をすると人口も世界の他のところと同じく減って行くと語っている分析家もいる。地球の気温変動も考えると人口が少しづつ減って行く方が良いと語っている学者もいる。
フランス革命までは、王様や帝王や貴族が土地を広く所有して、人々は王族に誓いをした。異なる言葉を話す人々や異なる文化を持つ人々が同じ王様の国で住むことも普通にあった。帝国になるとモンゴル帝国にしても、ロシア帝国にしても、中国の清皇帝でも、一人の帝王が様々な民族を支配するのが普通にあった。フランス革命は18世紀の啓蒙主義の理想を現実の社会で実現しようとした。民主主義、人権保障、経済的自由権、を讃えた資本主義革命だった。新しいテクノロジーによる産業革命がヨーロッパ中に広がる前夜に、資本主義と民主主義が産業革命にふさわしい社会体制が成立していった。思想家マルクスは19世紀の産業革命による労働者の搾取は世界をプロレタリア革命に向かわせると書いたが、20世紀の共産党による革命はほとんど失敗で終わっている。
テクノロジーも福祉も発展して、20世紀後半では19世紀では考えられなかった社会に発展していった。そして、パソコンやインターネットは世界をつないだ。今発達されているテクノロジーではどのような社会が理想的だろうか?
新しい時代にどんどん進んでいく
50年前に進歩的に聞こえていた思想を今そのまま語ると保守派の言葉に聞こえてくる。普遍的な思想は存在しない。1960年代や1980年代で流行った社会や政治に関する考え方は、古くさく感じてしまう。時代が変わったのに、19世紀や20世紀の頭のままの考えでいれば頑固なおじいさんにしか見えない。
人間は、生き方がさらに変わってしまう新しい時代を目前にしている。
そこで何ができるだろうか?
次の時代での理想的な生き方とは何だろうか?
これは毎日世の中で起きていることを見ながら体験していきたいことだ。
まずはオブザーバーとして。そして、向かって欲しくない方向性には流れて行かないように見守りながら。
ニューラリンク、シンギュラリティの発展から見えてくる世界
人間の脳を直接的にコンピューターにつなげるというのは人間にとって革命的なことだ。人間の今までの感覚を完全に変えてしまうということだ。
このような発明は最初障碍者を助けるために開発が始まった。有名な物理学者のホーキングは車いすに座ったまま言葉を話す能力も失った人間だった。指を使って自分の意思を伝える機会に最初は頼っていたが、亡くなる前には考えただけで車いすが前に進んだり後ろに行く機械を使っていたと言われている。
ネズミの脳を機械につないで、その動きをリモコンのようなものでコントロールする実験はすでに何十年も行われてきた。ネズミは自分がコントロールされていると分からない。自分の意志で動いていると思い込んでいる。
イーロン・マスクは、ニューラリンクではプライバシーを侵害しないよう、自分の考えたことをシェアしたい時のみ機械やネットに伝えることができる機械を開発していると語っている。例えば友人がハイキングに行って美しい場所を見たとする。その風景をネットを通して送ることができる。ネットでつながることを許可すれば友人の目が見ているものが脳に直接に伝わって見えるようになると言っている。ジジェクのレクチャーによると、イーロン・マスクは別の例も語っている。性的な快感を体験したとする。そのオーガズムの体験をコンピューターに記録して何度も繰り返し脳に音楽を聴いたり映像を見たりするようにかける。また、許可した友人にシェアすることも出来るとマスクは語っている。
アメリカの物理学者ミチオ・カクは、近い将来、自分の夢をコンピューターに記録できるようになると数年前から語っている。
1980年代に目が不自由なキーボード奏者ステーヴィー・ワンダーが使いやすく弾けるキーボードを開発したり、坂本龍一なども使っていたサンプリング・キーボードを開発したレイ・カーツェルは、シンギュラリティという言葉を流行らせている。人間と機械が同化し、今までではSFでしか考えられなかったことができるようになる世界について、いくつもの本を書いている。人間が機械と同化すると不老不死も可能になるとも書いている。
ラカン派の心理学者であり、ヘーゲル思想の哲学者、スラヴォイ・ジジェクはここに一つ欠けているものがあると指摘している。それは人間の心理には障害になるものが必要だということだ。これはヘーゲルもフロイドもラカンもそれぞれの言葉で語っていた。フロイドが語ったことの一つには人間にとっては動物と違ってセックスは自然のものでないということを書いている。動物にはさかりになる季節がある。季節のリズムのサイクルにしたがって交尾をしている。人間のセックシュアリティはイマジネーションにしたがっている。性的に感じられるというのは脳内でドーパミンが分泌されることとつながる。人間はこれを喜びとして感じる。
人はドーパミンが分泌される感覚に中毒になりやすい。楽しいと感じることをしている時、音楽や芸術を楽しんでいる時、ギャンブルをしている時はドーパミンが分泌される。セクシュアリティそのものには何もなく、イマジネーションで作り上げたものをセクシュアリティと感じているとラカンは語っている。その人にとってはリアルに感じられるかもしれないが実際にはフィクションと似たものだ。
人間は常に神話、ストーリーやメタファーを使って世の中の出来事を説明してきた。LGBTなどその人のジェンダーの傾向を決めるのも人生経験によるものだと、フロイド派からラカン派の心理学者は分析する。ドーパミンだけではなく、オキシトシンの分泌が増えると、愛のムードになりやすいとヘレン・フィッシャーは発表している。人間が今まで感じられていた様々な感覚は脳内で分泌されるセロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミンなどの神経伝達物質のバランスで説明することも可能だ。1970年代までは精神科というとカウンセラーが多かったのに対し、近年では薬で治療する方が多くなっていたが、個人的には両方が必要だと思う。
ジジェクはラカン派の心理学者の立場から分析する。人間は禁じられたものに興味を持つ。タブーにすることによって愛やセックスを楽しんでいる。タブーそのものを楽しんでいるところがある。有名なラブ・ロマンスでもこうした禁じられた愛が多い。「ロミオとジュリエット」「トリスタンとイゾルデ」、あるいはペルシャ文学の「レイラ (Leila, Leyla, Layla) 」やダンテの「神曲」も実際は得られない愛の物語だ。
直接に愛やセックスにつながらないように複雑な儀式を作ってしまうことも世界中にある。禁じることやタブー化することによって、そこに大きなエネルギーが集中してしまう。性的なエネルギーを戦争などに国家が使ってしまうことは古代から行っていたとフロイトは書いている。
禁じることによってよりパワフルになってしまう例は他にもたくさんある。
1980年代にレーガンが大統領だった時に、ナンシー・レーガンが「Just Say No!」というアンチ・ドラッグの運動を始めた。しかし、ドラッグは禁じるほど売れるという事実も見えて来た。
自分を性的に動かすものをタブー化してしまって上に自分でも気が付かない人もいる。デンマークの映画監督、ラース・フォン・トリアーの映画「ニンフォマニアック 」でシャルロット・ゲンズブールが演じている役の女性が牧師のようにストイックな老人の家で、その人が性的に感じるものは何かと探る。いろいろな可能性を話しながら心理的に分析して行くと、実は5歳位の少年に性的なものを感じていることが分かってしまう。それはその老人も、それまで気づかなったことだった。カトリック教会のように、牧師に性的な関係自体をタブーにしてしまう宗教もある。しかし、カトリック教会で時々起きている牧師が少年に性的虐待をする事件とは、このタブーの結果の一つでもあるとジジェク等の心理学は考えている。
それでは、ダイレクトに脳に伝わるというのはどういうことだろうか?
レイ・カーツウェルがシンギュラリティについて書いてある文章を読んでも、人間が世界中のコンピューターのネットワークとつながることが人間そのものが変わってしまうことを意味するとは書いていない。
人間が頭の中で想像しながら考えている内面の世界と個人の外にある現実の世界は、本来はっきりと分かれていた。主観的な世界と客観的な世界。しかし、脳をダイレクトにコンピューターやネットにつなぐというのは、今まで内面にしかなかった世界がネットを通して世界につながってしまうということだ。
スラヴォイ・ジジェクは、ヘーゲルが聖書の創成期について語ったことを例に出して、このことについて説明している。アダムとエヴァがリンゴを食べた時に人間は初めて知識を知った。聖書では知識が悪だったとヘーゲルが説明する。悪を知ることによって偽を知った。知識を知る前はパラダイスではなかった。動物の世界だった。そこには偽悪もなかった。知識を知ることによって現実から孤立して考えることができるようになった。
シンギュラリティとは外側の世界の現実と内側の孤立した個人の世界をつなげることになる。しかし、一度孤立した世界を経験した人間は再びそのままに自然界と同化した感覚には戻れない。むしろ次の段階に進んでいく可能性がある。人間の内面に主観的な部分と客観的な部分が両方共在するようになるのではないかとジジェクは予測している。そのためにジジェクは人間に対してはペシミスト(悲観論者)だが、このような未来には可能性があると語る。
僕も様々な未来の可能性に期待がある。
ここまで来ると初めに書いたように、誰が開発して、どのような機械が実際に使われるかが大きな問題となる。近年のHuaweiを止めようとするアメリカ。サイバースパイの申し立て、貿易戦争、日本が韓国に起こした貿易制限にはこれから発展するテクノロジーをどこが握れるかという問題が影にある。過去の歴史問題から来たものではない。おそらくトランプが直接に同盟国である韓国には貿易戦争が出来ないので、関係が元から良くなかった日本に頼んだように見えてしまう。影には企業同士の問題があって、それぞれの国の人々は知らずに巻き込まれることがよくある。
最近の科学の発展も経済の変動もあまりにも早く、政治家さえも追いつけなくなっている。様々なニュースを合わせて見ていると、面白い時代に私たちは生きているものだと思ってしまう。
1960年生まれ。ニューヨークで育ち、60 年代後半のアメリカのサイケデリック文化、音楽、文学、アートに影響 を受ける。18 枚のソロ・アルバムをJVC ビクター、エピック・ソニー、ミディ、Tzadikなどの日米のレーベルで発表。自分の思想を言葉や詩にして、台本を書き、 それを歌、朗読、楽器演奏と動きで演奏するパフォーマー。
1989年からは武蔵野音楽学院、尚美学園、日本電子専門学校などで文化社会研究、英語作詞、音楽史、音楽アンサンブル等の講師を務める。
音楽、文学、映画、科学などについての記事を講談社、小学館、立冬社、タワーレコード社などの雑誌で発表している。
2018年の9月に初の著書「アウトサイド・ソサエティ」発刊。
2019年新作CD「アウトサイド・ソサエティ」発売。
CD・本「アウトサイド・ソサエティ」はAmazonでも発売中。
次回ライブは2020年1月11日(土)。会場にてサイン入り著書をディスカウント購入可。
https://www.tokyogigguide.com/en/gigs/event/23836-ayuo-tomo-masaaki-aoyama-new-year-concert-2020
◆参考映像◆
Elon Musk’s Neuralink presentation
https://www.youtube.com/watch?v=lA77zsJ31nA&t=630s
How China Is Using Artificial Intelligence in Classrooms
https://www.youtube.com/watch?v=JMLsHI8aV0g&t=53s
Chinese tech makes cities ‘smart,’ but critics say it spreads authoritarianism
https://www.youtube.com/watch?v=lPV-hebc13w
Slavoj Zizek – Are We Still Human If Our Brains Are Wired?
https://www.youtube.com/watch?v=_vSPmGUz8xQ&t=4669s
Are Koreans Really Not Dating Anymore?
https://www.youtube.com/watch?v=harDGAucqBQ&t=182s
Is Japan Really Sexless? | ASIAN BOSS
https://www.youtube.com/watch?v=Y9qujIImY6M
Keynote – Peter Zeihan – 2019